泣き笑いで行こう

c0097923_1103579.jpg


人それぞれ、苦しさの感じ方は違うと思うけれど。

思うようにいかない状況で悲嘆に浸るのは、楽で、案外心地良いものです。
『私は精一杯頑張っているんだ』と自分を慰めることができる。

でもずーっとそれが続くと、だんだん嫌気がさしてきます。
自分のことも、好きになれなくなります。


同じことをやっていれば、同じ結果しかやって来ない。

変えたかった。
新しい流れがほしかった。

何でもいいから私ができることはないのかと、一生懸命考え、探しました。
今の私に、すぐできることを探しました。

そして得たのは、人を責めないこと。

相手がどうか、ではなく、
自分がしてもらったら嬉しいと思うことを自分からすること。


自分のエネルギーがギリギリのところにいた時は、
とてもそんなことする気にはなれませんでした。
でも少し元気が戻ってきて、『変えたい』という気持ちが強くなった。
だから、泣きながらでもいいからやってみようと思ったのです。

単純なことです。
できる範囲で頑張って家事をする。
声をかけてもらったら嬉しいと思うから、私も声掛けする。

悩むのをやめて、そんな時間があったら無心にパンでもこねてた方が
マシだということです。


不思議なことに、自ら前を向くと、少しずつ良い状況が向こうから入ってきます。


一つ、気づいたことがあります。

私は、『間違っている』と言われて、
自分が間違っていないことを証明しようと躍起になっていました。
間違っていないのだという証拠を突きつけたり、
相手こそ間違っていると指摘し返したり。

それは自分の世界が狭かったからなのだなぁと思いました。

今居るこの環境が、私には全て、というか、
これより他にはないという思い込みを持っていたのだな、と。

世界にはたっくさんの人がいるのに、
目の前にいる人が世界の代表であるかのように思い、
相手に否定されることは私が世界から否定されることのように感じてしまっていた。

だから、自分が間違っていないと証明しなければならなかったのです。
そうしないと生きていけないから。

でも、自分が望めばたくさんの世界がある。
いろんな価値観の人がいる。

この人には私が非常識に映っても、こんな私をオッケーと言ってくれる人だっているはず。
こんな単純なこと、今更ながらわかっていなかった。

そしたら、相手が私を否定しても、それはそのまま置いておけばいいんだと思えたのです。

相手の考えは相手のもの。
皆の価値観が同じでなければならない必要はないんだと。






[PR]
by Miss-Lavendar | 2010-02-26 15:43 | ◆ 子育て観

ふと感じたこと、気づいたことをつぶやいています。


by Miss-Lavendar
プロフィールを見る